人も良かれ、我も良かれ

「他人の不幸は蜜の味」とかいいまして、凡人ってのは、他人がつらい目に遭うと、ちょっとした喜びを覚えるもののようです。
むろん、憎たらしい人や妬ましい人の不幸であれば、嬉しさは倍加します。

人が不幸になったところで、自分の幸せが増えるわけではないんですけどね。
そりゃあ、ライバルの役者が車にはねられて入院し、自分に主役が回ってきた、なんてケースもあるにはありますが、一般的に、自分に全く利益がなくても、嫌いな人の不幸は嬉しい・・・それがまあ、普通の人間でしょう。

そしてまた、嫌いではない、むしろ仲が良い相手であってさえ、幸運が降りかかるよりは不幸に見舞われるほうが、妙に安心してしまうことだってままあります。互いの幸不幸のバランスが崩れたときが友情の危機なのです。

そういうふうに決めつける私って、よっぽどヒネクレ者なんですね。

ところで、全くの赤の他人に関する不幸な出来事を耳にした場合、嬉しがる人はちょっと変人です。普通の人なら、気の毒だという気持ちのほうが大きいのではないでしょうか。
ただし、そう思うことで、相対的に自分の位置を高めているのかも。同情や憐れみというものは、自己満足をもたらしますから。

ますますヒネクレ者だとそしられそう。

いずれにせよ、そうした心理は、自分と他人を比較せずにいられないところから生じます。人の不幸を目にすれば、自分の不幸が軽くなるような錯覚を持つのです。

世の中の幸せの総量は一定ではありません。誰かが幸せになった分、別の誰かが不幸になるという法則はないのです。
自分も幸せ、人も幸せ、誰も彼も幸せという状態だって、作ることができます。ひとりひとりの心がけしだいで。
まずは、他人の不幸を喜ぶことをやめるべきです。

そんな理想論をぶつ私って、やっぱりヒネクレ者?


2012年03月02日 22:05 by るの | コメント(0) | 思う
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