絵にも描けない美しさ

子どもが真っ白の画用紙を見せて「竜宮城の絵だよ」と言う笑い話、昔の学習雑誌によく載っていました。

別なバージョンに「透明人間の絵」というのもあったかな。
屁理屈を述べるなら、透明人間は向こうが透けて見えるわけだから、景色をちゃんと描かなきゃダメなんだよ。
すると「雪の上の透明人間」てな解釈を持ち出す子も出てきます。ならば足跡くらいついているはずでしょ。
それよか、服なしで雪の上にいればいずれ凍死するから、人型のへこみになる、くらい気を回しなさい。おっと、透明人間は、死んだら不透明になったんだっけ。

・・・って、何をうだうだゆうとる。

新聞広告はほとんどいつも無視しているのですが、先日たまたま目にした全面広告に、「あ、透明人間」と思ってしまったのです。
別に真っ白ではなく、本(参考書?)を積み重ねて横顔のシルエットを出しただけの、非常にシンプルな図柄。間にはさんだ鉛筆の目が効いています。って、透明人間の目は透明だから、外から見えるはずないだろ。
・・・私の感性は全くいいかげんどす。

新聞広告


2010年04月16日 22:13 by るの | コメント(0) | 思う

真の平和を目指す

素朴な疑問だけど、オリンピック(や国際競技大会)って、なぜ国別対抗なんでしょ。

平和の祭典なんてきれいごとの裏側で、結局は代理戦争になっているように見えます。開催国にとっては国威発揚手段と化しているし。
国対国の構図から逃れない限り、戦争への連想は避けられません。

オリンピックのときくらい、どこかの国家に属していることを忘れて、純粋に個人やチーム同士が競うようにしたら、もっと自由になれます。そのチーム編成だって、同じ国籍の人を集めるのでなく、それぞれ好き勝手に選んで結成すればよろしいのです。

当然ながら、国別ユニフォームなどなく、好きな格好で行進できます。
国旗掲揚や国歌斉唱にかえて、その個人なりチームなりが作ったオリジナルデザインの旗を掲げ、自分で選んだり作ったりした曲を流します。
きっと楽しいですよー。

狭量な地球人には所詮無理な発想かな。
2010年02月22日 18:47 by るの | コメント(0) | 思う

自宅開業

近所のアパートの1階に、いつもドアが開け放されている家がありました。夏ごろのことです。
塀などはなく、のぞかれたりしても気にならないのだろうかと、あまり見ずに通り過ぎていました。

ある日喫茶店らしき看板が出ているのに気づきました。けっこう大きいのに、なぜか見落としていたのです。
喫茶のほかに雑貨の販売もしているようです。

前は狭い道で、人通りが少ないほう。やっていけるのか、他人事ながら心配。
口コミで宣伝しているのかもしれないし、お友達が多いのかもしれないし、ともあれすごい心意気だなと、ちょっと応援したい気分になったけど、入る勇気はありませんでした。
それよりも、ああいう建物で客商売ができることに驚きました。普通は家主の許可が下りないものでしょう。

それから数か月。ドアは閉まっていることが多くなったようです。
先日、前を通ったら、郵便物がたまっていました。

・・・。
2010年02月17日 21:57 by るの | コメント(0) | 思う
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